なぜ「同じ選択」をしてしまうのか
前回の記事では、配役が変わっても「脚本」が同じなら結末は変わらない、という話をしました。では、そもそもその脚本はどこで、どのように書かれているのでしょうか。
それは、私たちが自分自身の「本当の可能性」を忘れてしまっていることにあります。
私たちはどうしても「本当の可能性」を見るよりも、過去に歩いたことのある「慣れた道」を選んでしまいます。
過去に歩いたことのあるあなたのコンフォートゾーンの中では、脳が勝手にシャッターを下ろしてしまい、それ以外の方法が隠れて見えなくなってしまうのです。
霧の中で道を探せば、当然ながら視界は狭くなり、たとえその道が、また同じ崖っぷちに繋がっていると分かっていても、未知の道を進む恐怖よりは、知っている苦しみのほうが「マシ」だと脳が判断してしまうのです。

この「霧」のせいで、私たちは日常の些細な出来事に対しても、無意識のうちに「いつもの反応」を繰り返すプログラムを起動させます。
「この人は私を馬鹿にしているに違いない」
「どうせ最後には裏切られるんだ」
「いつも悪いのは私にされるし」
こうした認識のバグが、相手の何気ない言葉をトゲのあるものへと変換し、あなた自身の態度を硬化させます。
そして、あなたが硬化した態度をとるからこそ、実際に相手との関係が悪化するという、自作自演のドラマが完成してしまうのです。
ブルース・リーはかつてこう言いました。
「人間が克服しなければならないのは、自分自身の意識だ」
あなたが戦うべき相手は、目の前の嫌な上司でも、不遇な環境でもありません。
あなたの視界を遮り、同じ選択を繰り返させている「自分自身の意識の霧」を払うこと。
そこに気づいたとき、連鎖を断ち切るための最初の一歩が始まります。
大丈夫、あなたなら出来るよ!

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