ザラっとした世界
「アトピー」という看板を背負わされた私の生活は、知らず知らずのうちに「制限」という名の檻に囲まれていきました。
■ 自由が奪われる時、体は何を感じるか
皆さんは、自分の行動を誰かに強制されたり、周りと常に比べられたりする環境に身を置いたことはありますか?世の中の人ほとんどが『ある』と答えるでしょう。
学校教育や社会生活の中で、私たちは「こうあるべきだ」という枠にはめられ、数字や評価で他者と比較され続けます。
当時小学生に上がったばかりの私にとって、それは単なる「ストレス」以上の意味を持っていました。 「自由でいたい」「自分らしくありたい」なんてことは子供ですので意識の上では考えてはいなかったと思いますが、無意識での内なる欲求が、周囲からの強制や比較によって押し潰されるとき、心の中では強烈な葛藤(認識の不協和)が起きていました。
やんちゃな子供ではなかった私ですが、それでも何気なくとった行動やおふざけでしたことを利発そうな女の子たちから先生に報告され、みんなの前で『どうしてそんなことをしたの?』と怒られるたびに、本当は思ってなんかいない怒られないための理由を言わなければならなかった。
こうしないとダメ、ああしないとダメ、そんなことだらけ。
■ 炎症は、心からの「警告」だった
コーチングでは、コンフォートゾーンから外れたときや、自分らしくない行動を強いられたときに、強い緊張が生じると学びます。 私の場合、その緊張は「肌の痒み」や「炎症」として現れていたのではないか、と今は考えています。
「やりたくない」と言えない代わりに、肌が赤くなる。 「ちゃんとやってるだろ」と叫ぶ代わりに、かきむしる。 自由を制限され、競争という押し付けの価値観に閉じ込められた私の潜在意識は、肌の症状という「目に見える拒絶反応」を通じて、必死に自分を守ろうとしていたのかもしれません。
■ 悪循環のメカニズム
症状が出れば、また「自分はアトピーだ」というセルフイメージが強化されます。 そして、その症状を抑えるために、どこの誰が勧めたのかわからない方法を与えられ、何がどう良いのかわからないままに塗ったり飲んだりをし、『掻いたら余計に悪くなるから掻いてはダメ』と、さらなる自由の制限を受け入れさせてしまう……。
外側からの対処だけで解決しなかったのは、この「自由を奪われた精神」という根本的な原因が、そのまま放置されていたからだったと考えています。

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