「何者か」である必要はない
これまで、繰り返される負の連鎖の正体と、その根底にある「意識の霧」や「執着」についてお話ししてきました。
では、それらを克服した先に待っている、特定の形に縛られない、究極の「自由」について見ていきましょう。一体どのような状態なのでしょうか。
私がまだ大学生だった頃、こんな言葉に出会ったことがあります。
”もしそれ、人とは人の体のことであると言えば誤りであるように
また、人とは人の心のことであると言えばまた誤りであるように
さりとて、人とは人の体と心のことであると言えばこれもまた誤りであるように”
私たちはつい「これが自分だ」という固定されたイメージに自分を閉じ込めようとします。しかし、本当のあなたとは、昨日と同じあなたではありません。
私たちは常に「何者かになる過程」にあります。不変のものなど何ひとつない、あるのは常に変わり続ける世界に対して変化する柔軟性です。
「流れる水がそうであるように、止まると腐っていくのだ」
このブルース・リーの言葉に表されるように同じパターンの「嫌なこと」が繰り返されていたのは、あなたの意識がそこで「止まって」いたからに過ぎません。
意識を柔軟にし、状況に応じて形を変える「水」のような自分をイメージしてください。

あなたが変化することを恐れず、常に形や速さを変えながら流れ続ける決意をしたとき、目の前の景色は劇的に変わり始めます。
脚本を書き換える力は、いつもあなたの手の中にあります。
未来とは、遠いどこかにある目的地ではなく、あなたが「今の意識」を変えた瞬間に手が届く場所なのです。他の誰かを変えるより単純な作業です。
古い脚本を脱ぎ捨て、新しい自分を始めましょう。
大丈夫、あなたなら出来るよ!

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